さて、こんな季節に思い出されるのが、『同棲時代』収録の「水中花」と題されたエピソード。もうすぐお嫁にいくからと今日子のもとを訪れた、郷里の女友達。彼女は今日子の留守中、次郎に「あたしほんとは結婚なんかしないんです、あたしお嫁に行けない身体なんです」と、自分が花粉病(!)であることを打ち明ける。
「あたしがほっとできる季節は冬だけーーいつも部屋の中でじっとしてなくちゃいけないんです」 花がとても好きなのに本物の花はさわれもしない彼女が、唯一、愛せる花は「水中花」だけ。「あたしみたいなんて考えて自分を慰めているんです」

美しいもの、愛すべきものの裏に秘められた残酷さを「花」に託し、ロマンチックにせつなく描き出した、上村一夫。花粉症はいまやお嫁にいけない病気などではなくなったけれど、彼が生きていたら、こんなマスクだらけの風景をどう見ただろう…と、ふと想像してしまう春の日なのです。
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