2013年3月19日火曜日

花粉病の季節

春の陽気に誘われて街へ出ると、行き交う人のほとんどがマスク姿。こんな情緒もへったくれもない光景も、いまや日本の春の風物詩と呼ぶべきものなのでしょうか。

さて、こんな季節に思い出されるのが、『同棲時代』収録の「水中花」と題されたエピソード。もうすぐお嫁にいくからと今日子のもとを訪れた、郷里の女友達。彼女は今日子の留守中、次郎に「あたしほんとは結婚なんかしないんです、あたしお嫁に行けない身体なんです」と、自分が花粉病(!)であることを打ち明ける。

「あたしがほっとできる季節は冬だけーーいつも部屋の中でじっとしてなくちゃいけないんです」 花がとても好きなのに本物の花はさわれもしない彼女が、唯一、愛せる花は「水中花」だけ。「あたしみたいなんて考えて自分を慰めているんです」


これを初めて読んだ当時(90年代半ば)は、へえ、そんな病気があるんだ、と思った記憶があるのですが、まさかこんな一億総花粉症時代が訪れるとは…。

美しいもの、愛すべきものの裏に秘められた残酷さを「花」に託し、ロマンチックにせつなく描き出した、上村一夫。花粉症はいまやお嫁にいけない病気などではなくなったけれど、彼が生きていたら、こんなマスクだらけの風景をどう見ただろう…と、ふと想像してしまう春の日なのです。


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